城の崎にて [徒然に]
2019-08-23 No.4978(So-net 2690+2288) 2018年Blog WebDiary Since 2002
自分の病気はまだ分からない。
このまま沈静化するのか、いつまた転移など重大な事になるのか。
一度ガンを発症した人はつねにその爆弾を抱えたような気持ちを
どこかに押し殺して日々を暮らすことになる。
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12月に日赤で手術をし、1月に築地で余命宣言を受け
そのころは、つらい日々だった。
黒雲がずっと頭上を覆っているようだった。
そして、そのころは 世に棲む日日 の
吉田松陰の「どの人間の生にも春夏秋冬がある。」
と言う死生観が僕の考えを占めていた。
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人生があと2年なのだ。
そう思っていたからだ。
「春夏秋冬があることは人生の長短にかかわりがない。」
これがあの頃の僕にはぴったりだったのだ。
いや、いまも
「どの人間の生にも春夏秋冬がある。」
そうは思っている。
ところで、
今日は朝一番で築地の抗ガン剤治療の第10クール、第2週に行ってきます。
そして、明日も8時の新幹線で福島に行きます。
[ 835] 吹雪のあずま高原 記入日時 2005年1月31日 |
あまりにむごい
去年の春から卵巣ガンだったそうです。
51才。
そんな覚悟は誰にもないだろう
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これも僕の死生観だ。
無常観。
僕はたまたま長らえて、
彼女は急に逝ってしまった。
そういう理不尽さと運命に抗えないのだと
つくづく思い知らされ
残された者の悲しみを思うと
どうしようもなく涙が出てきてしまう。
自分は電車にはねられても長らえ
その自分が何気なく投げた石でイモリは死んでしまった。
なんという無情なのだ。
自分の病気はまだ分からない。
このまま沈静化するのか、いつまた転移など重大な事になるのか。
そういう不確定な人生さえも彼女にはないのだ。
明日は8時の新幹線で福島に行ってきます。
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