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城の崎にて [徒然に]

 
2019-08-23 No.4978(So-net 2690+2288) 2018年Blog WebDiary Since 2002

自分の病気はまだ分からない。
このまま沈静化するのか、いつまた転移など重大な事になるのか。

一度ガンを発症した人はつねにその爆弾を抱えたような気持ちを
どこかに押し殺して日々を暮らすことになる。


一昨日は怖い夢で、一軒家のストレートの階段を上がって(まだ階段には上がある)
右に入った屋根裏部屋みないな場所に、福ちゃんとおぼしき影と一緒にいた。

その部屋で寝ようとすると布団から白い消える虫みたいのが頭を出す。
怖いから叫ぶと消える。叩いても消える。すると

霧みたいな亡霊が現れて、迫ってくる。
あまりの怖さに福ちゃんに助けを求めても、福ちゃんは動かない。すると

階段に人影があってその人が階下に降りようとしている。
助けを必死に求めて、大声を出して何度も叫んだ。

そこで目が覚めた。たぶんうなされて声を出してたと思う。
本当に怖くて、夢が覚めて良かった。
どの人間の生にも春夏秋冬がある。吉田松陰:IDEA's Gallery 2019-01-22

12月に日赤で手術をし、1月に築地で余命宣言を受け
そのころは、つらい日々だった。

黒雲がずっと頭上を覆っているようだった。



そして、そのころは 世に棲む日日

吉田松陰の「どの人間の生にも春夏秋冬がある。」

と言う死生観が僕の考えを占めていた。


司馬遼太郎は高杉晋作が結核で病に伏したときに
松蔭が自ら言い聞かせた言葉を晋作のこの時に添えた。

「幼少で死ぬ者もそれなりに春夏秋冬があり、長寿をえて死ぬ者も
同様であり、春夏秋冬があることは人生の長短にかかわりがない。」

「ゆえに自分が短命でおわることに少しの悔いもない、とは松蔭が
みずからに言いきかせた言葉だが、晋作の人生の晩秋もみじかかった。」
どの人間の生にも春夏秋冬がある。吉田松陰:IDEA's Gallery 2019-01-22

人生があと2年なのだ。
そう思っていたからだ。

「春夏秋冬があることは人生の長短にかかわりがない。」
これがあの頃の僕にはぴったりだったのだ。

いや、いまも

「どの人間の生にも春夏秋冬がある。」
そうは思っている。

ところで、



今日は朝一番で築地の抗ガン剤治療の第10クール、第2週に行ってきます。

そして、明日も8時の新幹線で福島に行きます。




[ 835] 吹雪のあずま高原 記入日時 2005年1月31日

あまりにむごい
去年の春から卵巣ガンだったそうです。

51才。

そんな覚悟は誰にもないだろう



山手線の電車にはねられ怪我をした自分は、後養生に兵庫県の城崎温泉を訪れる。
自分は一匹の蜂の死骸に、寂しいが静かな死への親しみを感じ、首に串が刺さった鼠が石を投げられて必死に逃げ惑っている姿を見て死の直前の動騒が恐ろしくなる。
そんなある日、何気なく見た小川の石の上にイモリがいた。驚かそうと投げた石がそのイモリに当って死んでしまう。
城の崎にて(あらすじ) - Amazon(新潮文庫)

これも僕の死生観だ。
無常観。

僕はたまたま長らえて、
彼女は急に逝ってしまった。

そういう理不尽さと運命に抗えないのだと
つくづく思い知らされ

残された者の悲しみを思うと
どうしようもなく涙が出てきてしまう。

自分は電車にはねられても長らえ
その自分が何気なく投げた石でイモリは死んでしまった。

なんという無情なのだ。

自分の病気はまだ分からない。
このまま沈静化するのか、いつまた転移など重大な事になるのか。

そういう不確定な人生さえも彼女にはないのだ。

明日は8時の新幹線で福島に行ってきます。






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