No.4895(So-net 2607+Diary 2288)
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コロナ禍でどこにも行けず、写真を撮りに行くことも出来ないので
IDEA's Afghan Tour を So-net にそのまま移してみました。
グレーの囲み記事は1972年当時書いた日記を書き写したもので
水色は2003年9月から10月まで Web Diary で書いたものです。
アンジュマンでのキャンプ生活、4日目から8日目です。
Googleマップでアンジュマンを示しましたが、最大に拡大すると
大きな集落が見えます。そのような大きな集落は通りませんでした。
もしかしたら、Googleマップで示したアンジュマンよりも手前の
小さな湖にテントを張ったのかも知れません。
アンジュマン 現地の警官たち
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朝早くからPoliceが来てブツブツ起こされた。
2,3日前から僕は一人で荷物テントに寝てる。1人でいて気持ちがいい。
昨日のパンをかじりながら、朝を楽しんでいる。
今日のdreamは北原とスキー、それも人口スキー場。そして体育館で中学校のやつとバスケットだった。
今日だったが、ギャビンの友だち(French)3人ばかり来たようだ。今日はこれまで。
彼らの友だちはなかなか良いヤツら。女の子一人と話したが、英語での会話は楽しかった。
彼女らと釣りに行ったんだ。
昼食後、エリックとギャビンは彼ら3人と一緒に出発していった。
午後はかたづけ。
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1972年7月29日(土)キャンプ第4日目
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写真は、29日に突然現れた現地の警官です。
代議士という話もありましたが、この中の誰かは確かではないです。
ただ印象に残ってるのは、いままで見た遊牧民と違って非常に精かんだった事です。カッコ良かったのです!
通訳のA1やミキたちと話をしてすぐに彼方に消えました。
僕らがキャンプしているアンジュマンで、前年に拓大のワンゲル部が襲われたのです。その見回りだったと思うのです。
またこの日ギャビンたちの友人が来て、その中に女の子がいました。
この地に女の人を見かけるのはもう一度、ダシュトゥリワートから乗馬で来た子を見るのですが、本当に彼らはたくましいです。
そして彼ら5人は、ワハン回廊に向けて徒歩で出かけて行き、それ以降彼らとは会おう事はありませんでした。
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今、学校のスケジュールを見ていた。今、自分は旅行ということで全てを見ようとしているが、結局それではいけないのではないだろうか? つまり旅行も日本での生活もすべて同じでなくてはならないのだ。自分の生きること、その点(生活は点のつながり)を見つけ出してこそ本当なのだ。
今日は遊牧民の子供を追ってみるつもりだ。
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7月30日(日)キャンプ第5日目
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キャンプも5日目になり、そろそろ日記の様子が変わってきます。
ちょっと理屈が多くなってくるので、日記は読まなくていいです。(笑)
写真は現地の子供です。
フィルムを学研からもらってきたので、真面目に子供の写真を撮り続けてます。(苦笑)
標高が高いので、真夏でも寒く子供たちの格好は冬のようです。
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最近ひしひしと、こういう風に日記をつけ日付を追っていくと、全てこの旅行、そして今までの自分の生活が時間という重さで返ってくるのです。
人間は一定の時間しか与えられていないことの重み。自分が今21才で、今日が7月31日の月曜だということ。
・He that reads much and travels much sees much and knows much.
・人間は何を求めているんだ?
過去の時間
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7月31日(月)キャンプ第6日目
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日記に英語が書いてありますが、僕はいま英語はダメです。
何を書いてるのか、正しいのかも分からないです。(苦笑)
写真は対岸の山の中腹から見たアンジュマンの様子です。
湖の近くにあるオレンジ色がテントです。
手前に遊牧民の住まいが見えます。
ヒツジや山羊の群と、岩の間に焦げ茶色でお椀を伏せたようなのが、糞を重ねて作った彼らの家です。
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定着してから一週間目。今日はこれから前にそびえる5000m級の山に登る。
今は山の頂上。9時・・・・
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8月1日(火)キャンプ第7日目
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この日はタケシのたっての希望で、タケシ、EIJIと僕の3人で目の前にそびえる山に登りました。
5000m級。高度計があるわけではないので確かではないのですが、登るに従い息が苦しく、本当に辛かったのを覚えています。
そして日記を山にも持参したようです。
山の上で書き始めたのですが、インク切れか高度のためか「9時‥」と書いてから字が薄くなって読めません。
山の上で何を思ったのか、読んでみたかったです。
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きのうは大変だった。夕方6時頃帰ってきたんだ。高度の関係で息がきつくてTopまで登りつめるのに、時間がかかり、正にヒンズークシの山だった。
一人になりたいという気持ちはまだあるよ。今は旅の途中できのう考えたんだけど、去年、東京から広島、松江~新潟での旅行での考えと今こうしてることと。
結局、同じなんじゃないかな? 考えるっていうことは人間だけ! だからすべて観念の世界なんだ。地球が平らに見えようが、宇宙は地球のまわりだけでプラネタリウムみたいであろうが、科学がいくら発達しても、その人間にとってそういう真理は、その人間に関係があることだけなのだ。だからその人間の観念の世界が問題なのだ。
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8月2日(水)キャンプ第8日目
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EIJIとの記念撮影。タケシが撮影しました。
下に小さくオレンジ色のテントが見えるのですが、分かりますか?
実はタケシも最近やっと連絡が取れ、忙しい中ここを見て頂いてます。
彼はいま多摩美の教授で活躍していて、今月10月の学会の準備で忙しいと言っていました。
そんなわけで彼のこの山の写真を探したのですが、残念な事にアンダーやオーバーの露出失敗でどれも良い写真がないのです。
申し訳ない!
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ここに5人の日本人がAFGHANの山奥に何をしているのだろう? 今ふと思ったのだが、みんなくるってるのじゃない? 僕も含めて。全体じゃないかな。今自分自身は平気かな?
8月1日はアッコの生まれた日だって。EIJIが山の上で思い出していた。
◇カブールに帰ってからする事
買い物:Travel Root 決定 & EIJIとの関係;
荷物check;Tokyoへの荷物
今日テントを交換したのだ。very good !
おみやげも大変だぞ。今ちょっと考えただけでも大変。KABULで1日ですまして早くFreeになって出かけたいヨ。荷物を出来るだけ少なくして、出来るならショルダー1個にしたい。
人間にとっての旅行。今本当なら自分は学校に行かなくてはならないという現実がある。そういう現実があるにもかかわらず、今ここにこうしていられるという事は、一種の逃避ではないだろうか? 日本を出る前、逃避であることは分かっていた。それを『今、マイナスの生活をしている』と表現していた。
リクリエーション‥‥→Travel では、人が生きるということは辛く、苦しい事なのだろうか? だからスポーツとか旅行があった。人間を一種の逃避の状態において、その現実から逃れているのだろうか? その1つにLoveもあるのか? 人間が一人でいることの苦しさを相手を求める事で、愛という形で忘れていくのではないか?
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8月2日(水)キャンプ第8日目
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これがヒンズークシの山々です。
(正しくはヒンドゥークシュですね)
この先にカラコルム山脈、そしてヒマラヤと続きます。
この写真は800x600に画素数変更してるので分かりづらいのですが、ここにも小さくテントが写っています。
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