So-net無料ブログ作成

決して忘れる事はありません。 [東日本大震災]

  
平成25年3月12日(火)月歴2月1日 2012年Blog
  
二年前を思い出します。

11031116.JPG

生まれて初めて震度5強の地震は、今でも忘れません。
工場の隣の塀が倒れ、工場にも一部被害がありました。

11031117.JPG

地震直後の小学校の校庭です。

この土地は大昔に沼地だったため、小学生が行進すると
歩幅に合わせて地面が揺れる土地なのです。

どんなに怖かったかと思いました。

11031216.JPG

翌日のコンビニの食品棚です。
食料品の買い占めが始まりました。

11031901.JPG

ガソリンがなくなり、ガソリンスタンドに1kmもの車が並び
僕は2時間かけて給油しました。

11032006.JPG

3月20日の渋谷です。

僕も10日間は引きこもりのように家にいて被災地のテレビ
ばかり見てましたが、20日に仕事で渋谷に出てきました。

東急、西武などのデパートは外資系のショップが閉店して
これが渋谷かと思うほど人がいませんでした。

そしてこの写真は、一見すると普通の写真ようなのですが
街頭の大きな液晶画面も消えたままなのです。

11032105.jpg

募金も個人でも会社でもしました。

11040404.JPG

引きこもり的な生活は一ヶ月近く続いたと思います。



その間、本をよく読みました。

11041403.JPG

僕の「地震酔い」防止器です。もちろんいまは外してあります。

IMG_0707.PNG

先日の震度2の地震でさえ、驚き胸がどきどきしてしまいました。

僕はあの恐怖を今でも覚えています。忘れることはありません。
そして、震災にあわれた方の事を決して忘れる事はありません。


nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 1

コメント 2

paula

あの怖さを今もしっかり覚えています。
「あっ、地震?」と電気をみているうちにだんだんと揺れが大きくなり、生徒さんと母、そしてティーちゃんに大きな声をかけ、お向かいさんの部屋で立っているのが精一杯の揺れの中で堪えていました。
母の部屋ではタンスの上から人形ケースが落ち、ガシャーンガシャーンと怖い音がしていました。
揺れがおさまったところで一気に階段を下り外に出た途端、第二の揺れ。
近くの公園に避難しました。
公園にはヘルメットをかぶったサラリーマンの方たちも大勢避難していました。
雨が降ってきて、教室1階にある「港や」で休ませていただいている時に見た津波の映像。
目を疑いました・・これが今の映像?日本?えっ

タイガー(仕事)ともタイガーの両親(スカイツリーに行っていた)とも友人とも連絡が取れない。
ひとまず平和島の自宅に母と戻り、テレビを食い入るように見ていました。
夜中になりタイガー、両親とも連絡が取れ、タイガーは午前2時過ぎ、両親は午前4時に帰宅です。
マンションの下を見ると、まるで縁日のような人の往来と全く隙間のないびっしりと止まっている車。

その日から私の母は精神的に弱くなってしまい、一人でいることが出来なくなりました。
やむを得なく一人になる時は図書館やスーパーで時間を潰していました。
考え方もマイナス思考になり、小さなことへも異常なほど心配するようになってしまいました。
私もわかっていながらイラつきが増し母への態度も変わってしまいました。
そういう私だって地震の恐怖が続き、いつも揺れている感じがして電気をみます。
気のせいなのです。
いまもそうです。
ちょっと揺れただけで「またか!」と思ってしまいます。
私でさえこんな様子なのです。
被災された方々の恐怖や悲しみは想像すら出来ません。
私にできることはやはりいつまでも忘れないこと。
被災地被災者の方々のことを思い続けることです。

最近母は少し前向きになってきました。
一人でもいられるようになりました。
でもまだ一人で入浴は出来ません。
いつでも大量の薬を持ち歩いています。
その母を思いやらなければならない私は相変わらず冷たい娘のままです。

震災の恐怖は自分自身への葛藤と課題を残しました。

長くなり申し訳ありませんでした。
これは今から自分のブログにも書きます。
by paula (2013-03-12 08:18) 

いであ

paulaさん、本当にありがとうございます。
いま被災地では、家庭内暴力が増えた、離婚が増えたという記事を見ました。
ご主人が仕事も失い、狭い仮設住宅での不満が爆発して奥様に暴力をふるう。
放射能から避難するために、夫婦が離ればなれになる。
悲しいことです。
今も震災の影響が大きく、多くの人が震災前に戻れず苦労されてる。
被災地は本当に大変だと思います。
paulaさんの書き込みを見て、そんな事を思い出しました。
僕らはそういう意味では全く震災の影響がないようですが、それでも
paulaさんやお母様のように影響が残っている。
頑張るという言葉はいま、ふさわしくないかも知れませんが、
それでも頑張りましょう!

by いであ (2013-03-12 09:38) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0